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アンビリーバボーのパイロットを諦めた男性は『すしざんまい社長』の木村清さん!

奇跡体験!アンビリバボーのパイロットを諦めた有名人の正体はすしざんまいの木村清社長!
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『奇跡体験!アンビリバボー ピンチから超ひらめきで大逆転!あなたならどうするSP』が放送されます!

番組では誰もが知るあの超有名な人物について名前を伏せた状態で、過去の壮絶なエピソードが語られます。

この男の正体は一体誰なのか?

が気になりますよね!

ネタバレ注意でご覧ください♪

目次

アンビリーバボーのパイロットを諦めた男性は『すしざんまい社長』の木村清さん!

番組では、ある男性の壮絶な人生のエピソードが次々に打ち明けられます。

以下の①~⑤のヒントのエピソードを持つ男性の正体は!?

①パイロットになる夢を交通事故による怪我で諦めている。
②司法試験を目指す
③築地の冷凍食品会社でバイトを始める。
④カラオケ店などの事業に成功。
⑤起業家として成功
・バブル崩壊により借金苦に。
・友人に全財産を渡し音信不通になる。
・困っている人を助けるという信念を持つ。
・幼い頃に父を亡くし実家は貧乏。
・母の教えを胸に驚きの発送と行動力で乗り越えた!

そうです!この方の正体は
『すしざんまい社長』の木村清さんさんです!

それでは、ライブドアニュースで語られていた、木村社長の幼少期のお話を紹介します。

正体は本当にすしざんまい社長なのか、最後まで『アンビリーバボー』をご覧になり、是非ご自分でも答え合わせをしてみてくださいね♪)

すしざんまい社長・木村清さんの壮絶な人生とは?

マグロ王で有名な『すしざんまい』の社長は、両手を広げるポーズでお馴染みの木村清さんです。

木村社長の父親は幼い頃に亡くなられ、

子供時代はお母様を助けるため、子供ながらに日銭を稼ぐため働いていました

千葉の農家で生まれた木村さんの幼少期とは

野田市の農家の末っ子として誕生した木村さん。

お父様は木村さんが3歳の頃に亡くなっています。

父の葬式の日に空を飛んでいた飛行機がカッコ良くて憧れて、

『パイロットになりたい』

と思ったそうです。

借金返済に明け暮れた木村清さん

家に借金があることが分かり、木村さんの母は3人の子育てと借金の返済で寝る間もなく働き大変苦労されたそうです。

木村社長も、子供ながらに鶏などを育て卵を売るなどして母親を手助けしました。

幼い頃にこんなに苦労したとは、今の木村社長からは想像もできませんよね。

パイロットになる夢を諦め『すしざんまい』の社長へ

パイロットになる夢は続き、成績もよかった清さん。

お金が無かったので高校へは行かず、『航空自衛隊第4術科学学校生徒隊』に入隊。

ここならお金ももらえるし学べます。(清さん当時15歳)

パイロットになるには大学に入る必要があり、みごと合格したものの、頭に怪我を負い、視力に問題が起きたそうです。

20歳でパイロットになる夢を諦めました。

その後、司法試験を受ける事を目指したり、

モーテル経営をしようとするも資金的な問題により断念。

寿司の世界へ入ったキッカケとは。

母からの厳しい言葉。

木村社長は、モーテル営業をしようとした際に足りないお金をお母様に借りに行った際、

『お金は貸すが二度と来るな』と厳しく言われたそうです。

そのご『何のために働くのか』を考えるようになったそうです。

入ったのは水産関係の新洋商事という会社。

ここでビジネスを学び、後に独立して『すしざんまい』を手掛けるようになったそうです。

母の教え
『困ったときは助け合って、分け合ってこそ』

『すしざんまい』の木村社長は、

震災で大変な思いをする能登にヘリコプターで物資を運ぶなど、迅速に対応し、この年は名物の高額落札はせず賑やかな振る舞いは控えていました。

清さんのお母さまの教え、『困っている人を助ける』という信念が木村社長に受け継がれているのだと感じました。

まさか、あの明るく人を楽しませる『すしざんまい』社長がこんな壮絶な人生を送っていたとは驚きですね。

私の自宅近くには『すじざんまい』がなく、実は食べたことがありません。

『困った人を助ける』

そんな木村社長の心意気に感動し、是非行ってみたいと思いました。

今度遠くまで足を運び名物の『マグロ』を食べに行こうと思います。

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